世界初!TiAl合金製精密鋳造部品
ターボ用 タービンインペラー

常識に逆らった大同流

 インペラーは、超高温下での高回転にさらされつづけ、またターボチャージャにおける心臓部的な役割でもあるため、高度な耐久性も必須となる。
 しかしほとんどの素材の宿命として、高温化では、常温に比べ耐久性などは著しく低下する。つまり、常温下で使用する部品とは比較にならないほどの高強度・耐熱性がなければならない。
 この当時、ほとんどのメーカーは“鋳造”より高強度な製品を作れるとされる“鍛造”+切削加工による製造プロセスの検討(鍛造用合金開発も含め)を行なっていた。鋳造では巣(金属内部にできる細かい気泡状の空洞)ができて脆くなるといったデメリットが知られていたこともあって、“世”の常識は『TiAl合金といえば鍛造』といった感すらあった。ところが大同ではあえて、鍛造よりニアネットシェープ(より完成形に近い形の成形)が可能である精密鋳造でのTiAl合金製品の開発にこだわっていた。その背景には、大同が当時すでに、鋳造のデメリットを克服した画期的な鋳造法(=CLV法)を、超合金製品での実用化で成功していたこともある。
 そんな中で野田らの材料開発チームと、芝田らの製造プロセスチームの密なる連携の元、精密鋳造製TiAl合金インペラーの川崎重工との共同研究はスタートしたのである。
 

まさかの撤退

 材料開発チームはまず、理論上最もインペラーに適していると思われる成分の合金を何種類か挙げ、それを受けた製造プロセスチームはインペラーの試作品を作る。ちなみに研究段階では、量産向きの型はとても使えないので、一つひとつ、いわば手作りのようにこしらえなければならない。
 こうして鋳込まれた試作インペラーを野田らがやはり手作業で鋳型から取り出す(というより、鋳込んだ後に周りの鋳型を壊していく)とこれがなかなかうまくいかない。野田が振り返る。
 「型は一種の砂でできていて、金槌で丁寧に崩すように型を叩き外していくのですが、肝心のインペラーまで一緒にわれてしまうこともあった。時には、鋳型の中で冷め切らなかったインペラーが出てきてあわや火傷というシーンもありましたね。」
 考えられる要因は、酸素の含有量(多いと脆くなる)かはたまた材料成分の問題なのか? そんなこんなで材料・プロセス両チームのキャッチボールは繰り返された。そして試作品が完成すると、今度はいよいよ川崎重工での性能テストである。ここで耐久性をはじめ、幾分かの不安要素が見つかり、また成分・プロセスの再見直しをする。
 このようにして、TiAl合金製インペラーの実用化研究は試作品のレベルではどうにか満足のいくデータを達成し、冒頭の87年国際ガスタービン学会での成果発表にいたるのである。学会で世界初の研究成果を発表できるということは、研究者にとってはさぞや感激なのではと思いきや、「やっと実用化に向けたスタートラインですからね。これからが本当の勝負!っていうところでしたかね。…本当は内心すごく嬉しかったのですけど(笑)。」
 この、メディアにも取上げられた成果発表から学会の余韻覚めやらぬ一同に信じがたい連絡が入った。共同研究を進めてきた、川崎重工がTiAl合金製インペラーから撤退するというのである。
 

世界を制した搭載車

 実は、年々高加速化するバイクの危険性増大に歯止めをかける狙いもあってか、当時の運輸省から、単車へのターボ搭載による馬力アップは認可されなかったのだ。こうなると川崎重工の単車向けTiAl合金インペラー開発は全く無意味になる。撤退は止むを得なかった。こうしてプロジェクトは暗礁に…いや、消滅の危機へ陥いるかに見えた。
 しかしこの頃大同には、にわかにTiAl合金インペラーへの問い合せが少なからず入るようになる。川崎重工との共同研究成果発表を紹介した新聞記事が話題となり、興味を持った内外のメーカーからの問い合せであった。
 「研究段階はすでに発表済みでしたから、この時の問い合せはより実用化を意識したTiAl合金インペラーの共同開発に関するものがほとんどでした。」
 こうなると、今までとはやや勝手が違う。試作品を数個だけなら、それこそ手作りに類するやりかたでどうにかカッコがつくものを何個か作れるが、市販車への実用化となると量産が前提となる。当然商業ベースに乗るコストで製作しなけらばならない。この時、野田らはまだ理論的にはどうやら可能ということを発表したにすぎず、実用化の研究をどうするかで揺れていた時期である。
 しかし、そんな研究状況を説明してなお、強く今後の共同開発を申し入れてくださるメーカーがあった。後に、世界ではじめてTiAl合金インペラーを搭載した市販車、三菱自工のランサーエボリューションVI向けターボの製作をする三菱重工であった。
 この共同開発にも大変な紆余曲折があった。ターボの進化は著しく、その内部温度も飛躍的に高温化し、今まで研究していたTiAl合金の成分量配合では太刀打ちできなくなったり、あるいは量産化の鍵を握る歩留まりが0・5%だったり。(いわば1個作るのに約200個の失敗作が必要だった)しかしそんな折に、兼ねてから大同で開発中だった革命的な精密鋳造方法“レビキャスト法”が完成の域に達した。これにより成分・品質ともに量産可能な製造技術が確立され、遂にTiAl合金製インペラーは完成するのである。この完成を受け、杉谷らの製造プロセス担当者達は、直ちに量産体制への移行に尽力し、TiAl合金製インペラーを市場へと送り出した。
 果たして市販されたランエボVIは、これと同型車がWRC(国際ラリー選手権)で部門優勝するなど、目覚しい活躍を見せ、世界の一流ドライバーからも、そのレスポンスの良さを絶賛されるにいたる。
 「レースの勝敗には本当にみんなで一喜一憂しましたね。自分達の作ったインペラーが世界の桧舞台で優勝する。これは本当に興奮しますよ。」
 そう口をそろえる一同の目は少年のようにキラキラと輝いていた。
 そして現在、大同グループの挑戦は続く。
 「技術的な量産化だけでなく、生産設備の合理化等でコストダウンを実現し市場競争力を強化していきたいと考えています。」と杉谷は語る。
 今、TiAl合金製品インペラーは内外から熱い注目を集めている。近い将来新たな車種への搭載も予定されている。かつての夢の素材TiAl合金は現実のものになった。そしてその将来は一同の目と同様きらきらと輝いているように思われる。
 
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