ネオジム磁石開発者
佐川 眞人 インタビュー

Masato SAGAWA

いまや現代社会に欠かせない素材となったネオジム磁石、

その開発者である当社佐川のインタビューをご覧いただけます。

─ 1982年の発明から現在まで世界最強と評されるネオジム磁石はどのようなものですか。

佐川「第1の特徴は世界で初めての『希土類(レアアース)鉄磁石』ということです。 希土類と鉄を一定比率で組み合わせた化合物を用いるのですが、 それまではキュリー温度(磁気がなくなる温度)がすごく高い希土類コバルト磁石が発展していました。 当時は希土類と鉄の化合物でキュリー温度が高いものは見つかっておらず、 100℃以下と低かったため、工業製品などの実用的な磁石としては使えませんでした。 ただ、鉄はコバルトよりも原子当たりの磁気モーメント(磁気能率)が30%も高いため、 鉄を主成分にした磁石ができたら磁力が強くなるのは自明なのです。 ところが、ほとんど研究されていませんでした。」

─ 発明のきっかけは何だったのでしょうか。

佐川「東北大学大学院の博士課程を修了して入社した富士通の研究所で、 全く経験のなかった磁性材料の研究テーマに取り組んでいたのですが、 磁気について分かってきた5年目くらいの時に、 当時最強だったサマリウム・コバルト磁石の研究内容が回ってきました。 磁石の原理はそのタイミングで勉強しましたが、希土類鉄磁石がないのはおかしいと思うようになりました。
磁石の常識があまりにも蔓延していて、キュリー温度が低いことが宿命とされていた 希土類鉄磁石は誰もができないと思い込んでいたのでしょう。 しかし、鉄は安価で磁力も強くなり、人のため、社会のためになるとわかっていました。 考えることが好きな私は、頭の中で実験をして、ときどき就業時間外に合金を溶かしてみるなど 実際の実験もして研究を進めましたが、なかなかうまくはいきませんでした」

─ 打開策はありましたか。

佐川「1978年1月31日に現在の物質・材料研究機構(NIMS)が開催した 『希土類磁石の基礎から応用まで』と題した講演会でヒントを得ました。 東北大学の浜野正昭先生がほんの5分ほどでしたが、 希土類鉄磁石がなぜできないか話されていたのです。 その内容は、希土類と鉄の化合物のキュリー温度が低いのは鉄と鉄の原子間距離が近すぎるからというものでした。 それをきっかけに、原子半径の小さいボロンやカーボンを加えれば、 それらが鉄と鉄の隙間に入って原子間距離を広げられるのではないか というアイデアが浮かんだので次の日から実験を始め、 希土類と鉄とボロンの組み合わせが良さそうだということが、割と早く見つかりました。 次に希土類の選定に取りかかるのですが、 17種類ある希土類の中で最も豊富にあるネオジムではどうかと試してみると、 キュリー温度が上がり、磁気も強くて安定していたので、これは磁石になるかもしれないと思いました。 実は、あとになってわかることですが、ボロンの添加によって鉄と鉄の原子間距離は広がってはいませんでした。 鉄の特性が変化していたのです」

─ その後はどのような課題がありましたか。

佐川「ネオジム・鉄・ボロンの化合物を磁石にするには、 保磁力を出すために細胞のようなセル状構造の組成にする必要がありました。 サマリウム・コバルト磁石もセル状構造でした。 どのようにしたらセル状構造にできるかわかりませんでしたが、 焼結法で取り組んでいたのが良かったのです。 いろいろと試してみると、ネオジムを少し余分に入れると粒子の周りを 余分なネオジムが囲ってセル状構造になり、保磁力が出るようになりました。 その後、ネオジム・鉄・ボロンの磁石を完成させるため、 ハイテク分野の研究が優先された富士通から、全面的にバックアップしてくれる 住友特殊金属(現プロテリアル)に転職しました。そこで50種類くらいの組成をチームで試して 世界最高記録の磁気特性を達成したのですが、工業化する段階で耐熱性の問題が判明しました。 みんなで情報を集めてアイデアを出し合い、可能性のあるもののいくつかに絞って 並行して進めていく中に重希土類を入れる事例がありました。 そして、ジスプロシウムの添加により、モーターにも使える約200℃の耐熱を得ることに成功しました」

─ ネオジム磁石が世界最強の磁石であり続けている理由は何ですか。

佐川「希土類コバルト磁石の時代に、 希土類鉄磁石のアイデアで新たな化合物の発見に成功したのですが、 最初に完成したネオジム・鉄・ボロンの特性が一番強かったのは たまたまではないかと考えています。 後に、希土類・鉄・Xという三元化合物のアイデアで世界中の人が研究に取り組んでいますが、 磁石にできなかったり、磁気が弱かったりしています。 ネオジム・鉄・ボロンは従来の研究分野から離れたところにできた核のようなものなので、 私はこれを研究の『ニュークリエーション』と呼んでいます。 核発生したら、次いで起こるのがグロース、つまり研究分野の成長です。 素質としてはネオジム・鉄・ボロンを超える化合物もできているので応援しています」

─ 現在はどのような研究に取り組んでいるのですか。

佐川「ネオジム系の焼結磁石は、機械加工や研磨をして出荷しているのですが、 私は焼結したらそのまま使えるようにする『プレス・レス・プロセス』という手法に取り組んでいます。 自動車などに使う製品に近い形でつくる鉄の焼結部品と違い、 ネオジム・鉄・ボロンの焼結磁石は例外的にブロックをつくって切断しているので、 切りくずもたくさん出て回収するのも大変なんです。 プレス・レス・プロセスはSDGs(持続可能な開発目標)の観点からも正しい方法だと思っています。 ネオジム系の磁石は、私たちが発明した焼結磁石と、 米国のジョン・クロート氏が中心となって発明した樹脂ボンド磁石と熱間加工磁石の3種類があります。 大同特殊鋼は、ネオジム系では樹脂ボンド磁石と熱間加工磁石を先行して量産化したのちに、焼結磁石のプレス・レス・プロセスを採用してくれました。それを発展させた新工法についても、今後提案していきます」

─ 最後に、研究者にとって大切なことは何でしょうか。

佐川「クラーク博士の言葉『Boys, be ambitious.』からきているんですが、 私は『Researchers, be ambitious(リサーチャーズ・ビー・アンビシャス) 』と言っています。 私はクラーク博士のように大志を抱けという上品な言い方ではなくて、 研究者はもっともっと野心的であれと思っています。 米国人の研究者に会うと野心的なんですよね。日本人の研究者は優秀な方が多いですが野心が少ない。 野心というと悪いことのように言われますが、日本もこれから研究で発展していかなければならないですから、 淡々と研究しているだけでは良い研究はできないのではないでしょうか」